文を書く場合,「しかし」と「しかしながら」のどちらを使いますか?
辞典で「しかしながら」の意味を調べてみました。
*「接:そうであるが。しかし」(岩波国語辞典 第5版)
*「接:『しかし』のやや改まった言い方」(Goo辞書)
結論は,「しかし」も「しかしながら」も同じ意味です。
文を書く場合,あるときまで,「しかし」と「しかしながら」をそのときの気分で使い分けていました。しかし,あるときから「しかし」だけを使っています。そのとき以降,「しかしながら」を一度も使っていません。
あるときとは,「新版 技術文書のまとめ方(上):山中秀男著:東洋経済新報社」と出合ったときです。
この本の中に「たるんだ用語」という節があります。「たるんだ用語」と言うのは,例えば,以下のような用語です(本の中からその一部を抜粋します)。
*一面においては
*その結果として
*今日に至っているのである
著者は,この本の中で以下のようなことを指摘しています。
「文全体の構成の適否にかかわらず,たるんだ用語を多く用いると,文がだらけて,迫力を失う。文の簡潔さとも密接な関係がある。 」
確かに,上で書いたようなたるんだ用語を使った文を読むと,文が間延びしたような感覚がします。あるいは,切れ味に欠けた文のように思います。では,どのように変えればいいか・・・。
*一面
*その結果
*今日に至っている
「わかりやすい文書の書き方」の講習会ではこのことを解説しています。
また,技術士試験対策としての「わかりやすい答案の書き方」の講習会でもこのことを解説しています。理由は,無駄な文字を書かないようにするためです。
例えば,「今日に至っているのである」は12文字です。「今日に至っている」は7文字です。その差は5文字です。たかが5文字・・・されど5文字です。
技術士試験での答案用紙は1枚600字(横24文字,縦25行)です。
このようなたるんだ用語を,例えば,1枚の中で5回使ったら,5×5=25文字です。すなわち,たるんだ用語を使うことで1行分が無駄になります。1行あれば,解答するうえでの重要なキーワードを入れた文が書けます。この1行の有無で,合否が分れることがあるかもしれません。
この本と出合ってから,たるんだ用語を使わないようにしています。
後日,「これまでに読んだ本から」をテーマとしたブログでこの本を紹介します。